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みなさん初めまして、大桑歯科の院長の安立です。

歯科医療現場ではレーザーやインプラント、CTやマイクロスコープなどの登場で、医療技術がこの10年で革新的に進んできました。

時代が進むにつれ、様々な治療法や歯科材料が研究され、お蔭様で治療の選択肢も以前より格段に増え、患者さんにより良い治療法を提案 できるようになりました。これからの歯科医療は職人としての個々の医療技術から、コンピューターによるデジタル化により、より精密でより低 侵襲、早期治療といったことが国民の皆様に望まれるべき道筋なのだと思われます。

情報の波に飲み込まれ、何でも新しい技術や物が良いという事ではないのですが、そこにはより歯科医療を安全なものにし、皆様の健康と幸せ に貢献したいという研究者たちの夢が詰まっています。

我々医療従事者は、研究者たちと手を取り合って、毎日一人でも多くの患者さんの健康を回復できよる様に、日々努力と勉強を惜しまず診療に従 事しています。

大桑歯科も日々の努力と研鑽を怠らず、誠意と真心を持ってみなさんの健康と幸せをサポート出来るよう勤めて行きたいと思います。

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初めて歯医者さんを意識したのが、小学2年生の真夜中。ある日突然その日はやってきました・・・。

堪えきれない歯の痛み。もう痛すぎて母親に泣きつきました。近隣の母の行きつけの歯科医院に真夜中わざわざ診療室を開けてもらって、 歯の神経の治療をしてもらいました。思えばそれが私と歯医者さんとの初めての出会いでした。

高校2年の夏です。担任の先生に進路を決めるようにとプリントをもらいました。まったく将来のことなど考えていなかったのでかなり戸惑いました 。両親が医学系への道に進んで欲しいという期待は感じていたので、薬学部か自分らしく芸術の道に進もうと思っていました。しかし現実は厳しく、 もともと勉強熱心な方でもなかったので、薬学部は3ヵ月であきらめました。

歯学部なら頑張れば行けるかもしれない・・・。

今の自分が行ける私立の歯学部なら高額な学費になるのは知っていたので両親に相談しました。

父は『お金の事は気にしなくていい。お前の人生だ、お前が進みたい道を選べばいい。』と言いました。趣味が釣りの父ですが、飲みに出かけるこ ともなく、いつか子供たちが自分の道を決める時には不自由させたくないという思いだったと後日母に聞きました。母は『あんたが歯学部に行くんな ら喜んでお金なんて出すわ。』と言いました。私の母は子供を医者にするのが夢でした。選んだ道が厳しいからこそ、非常に厳しく心を鬼にして教育 してくれました。子供の頃はそんな母の想いも分からないままに、いつも厳しい母が嫌でした。

当時高校2年生の自分にお金の価値観も分かることなく、自分の未来だけを見て歯学部を選びました。実は学費の4000万は自分たちの老後の資金だっ た貯金全部、僕の学費に充てていてくれたのです。自分で開業して初めて、お金のありがたみを感じました。4000万稼ぐということがどういうことか 、恥ずかしながら30歳になって初めて理解できました。両親からは学費だけでなく、大きな愛を頂きました。今でも本当に感謝しています。

私には兄弟で弟が一人いるのですが、弟にも迷惑かけました。小さい頃は弟をよく泣かせましたし、私に学費がかかったせいで弟は公立の大学しか 道がありませんでした。自分のせいで弟の将来の可能性を狭くしました。その事が気になって、父に冗談交じりに言ったことがあります。 父は『あいつなら、お前よりも賢いしやれると信じてるから大丈夫だ。あいつの心配より自分の心配をしろ。』と言いました。

全部見透かされてました。私の自分自身への甘さと、出来の良い弟に対する劣等感を・・・。

そんな卑屈な私でも父と母は本当に愛してくれました。父はいつも私の可能性をじっと辛抱して待ち続けてくれました。母は本当は息子に好かれた いはずなのに、出来の悪い私の為に毎日真剣に怒ってくれました。高校と浪人時代は毎日母に怒られたり、学業で打ちのめされたりで自分が分から なくなりました。その頃の自分は出来の悪い人間なんだっていつも、劣等感を抱えながら青春時代を送りました。

そして私は『人の苦しみと悲しみ』を知りました。

よく私は優しいと誰かに言われます。悲しい思いも、苦しい思いも人一倍抱えて生きてき たので、自分みたいに周りに悲しい思いなんてさせたく ないって今でもよく思います。まだまだ新人だった頃、歯を抜くのが可哀そうで、残せない歯を無理に残して患者さんに辛い思いもさせたことありました。

父に言われてことでよく思い出す言葉があります。

『お前は優しすぎる。それがお前の良いところであり、最大の欠点だ。』

誰かに遠慮して、自分の本心を言えないとか、誰かを本気で怒ってやれないとか、騙されやすいとか。もう少し院長として、しっかりしなければと思う毎日です。

家族旅行

私が大学5年の時に母が膝を壊し入院しました。無理なパートが祟ったとの事でした。当時の自分は母の事が心配で、自分のお小遣い欲しさに健康を害 してまでパートに行く母を非難しました。裕福な方でない事は知っていましたが、家族が心配することはして欲しくなかったのです。それでも母は翌日 からパートに出ました。仕事だからしょうがないとも思いましたが、やはりおかしいと思い、再度母にパートに行かずに養生するよう忠告しました。 すると母はこう言いました。

『お父さんにも言ってないけど、私が自分の為に使うのは自分の薬代ぐらい。私がパートに行くのはあなたが将来開業する時の為・・・。 だってそんな時に応援できるのは家族しかいないでしょう。』涙がこぼれて我慢することが出来ませんでした。何十年ぶりに母の前で私は泣きました。 そして母の愛を感じました。

家族で食事
パーティー

歯科医院の開業には何千万から億という莫大な金額がかかります。もちろん貯金ができない私に開業資金なんて全くありませんでした。いつか開業 出来たら素敵だなって思っていた頃、業者さんより開業の話を頂きとんとん拍子に開業プランがすすみました。

しかし問題が一つ・・・。

自己資金がないのです。やむなく私は父に保証人になって もらうことしました。保証人になるということは実家を担保に入れる事と、場合によって は住む家が無くなり、何十年と息子の借金を肩代わりするということです。苦い 思いで父にそのことを伝えました。 すると父は『そんな事心配するな。 今度は自分の番が来ただけだ。』そう言ってくれ ました。父も開業する時に同じように祖父に援助してもらったのだそうです。それくらいしかしてやれ ないとのことでしたが、不覚にも父親の深い愛情にまた泣いてしまいました。

父は柔道整復師で、母はキルトの先生。弟は産婦人科医。父の診療室からはいつも患者さんの笑い声が聞こえてきました。私はそんな父の仕事に対する 姿勢が好きでした。家族に心配かけまいと仕事の愚痴はいっさい言わず、家族を大切にし、私たちを養ってくれました。父は『人の役に立つことをしろ、 お前なら大丈夫だ。』と私を信じてくれています。 今私が大桑歯科で無事にやっていられるのは、家族と素敵な患者さん達のお蔭です。勉強は嫌いだったはずなのですが、好きな事には夢中になる性格で、 私は歯科医師という仕事が天職だと思っています。週末休日返上で勉強会やセミナーによく参加しますが、辛いと思ったことは一度もありません。

なぜなら、この仕事が好きだから。

そして患者さんから報酬として頂いたお金で生活させてもらっているので、患者さんの為に日々研鑽し、少しでも良い医療が提供できるよう設備投資する のは当たり前だしそれが私の役目だと思っています。

最後に両親といつも笑顔で頑張ってくれるスタッフ、良き仲間と大桑歯科に来ていただいている患者さん、業者さん、そして大桑歯科に関わる全ての 人達に感謝します。

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